当資料館がめざすもの

戦争や原爆の悲惨さはいつまでも深く胸に刻み、これを風化させてはなりません。しかし、悲惨な結果を招いた原因が、残虐の限りをつくした日本のアジア侵略にあったこともしっかりと心に刻む必要があります。受けた苦しみの深さを知ることが、与えた苦しみの深さも知ることにつながらなければ、平和を築くことはできません。

 日本の侵略と戦争の犠牲となった外国の人々は、何ら報われることなく見捨てられてきました。加害の歴史は隠されてきたからです。加害者が被害者にお詫びも補償もしないという無責任な態度ほど国際的な信頼を裏切る行為はありません。

 核兵器の使用が正当化されれば再び使用される恐れがあるのと同様に、無責任な態度が許されるのならば、再び戦争が引き起こされる恐れがあります。

 この人権平和資料館は、史実に基づいて日本の加害責任を訴えようと市民の手で設立されました。政治、社会、文化の担い手は、たとえ小さく見えようとも一人ひとりの市民です。当館を訪れる一人ひとりが、加害の真実を知るとともに被害者の痛みに思いを馳せ、一日も早い戦後補償の実現と非戦の誓いのために献身すること、そして反核・反戦・反差別・平和の実現と相互の人間連帯に寄与することを願ってやみません。

2024年4月1日 長崎人権平和資料館

 

 

資料館の名称変更に至る経緯

 

当資料館は、1995年10月1日「岡まさはる記念長崎平和資料館」として設立されました。しかし、資料館の名称に冠していた平和運動家の故・岡正治が、生前、性暴力に及んでいたことが、被害者の方の証言により明らかになりました。

 

理事会の中には2020年の時点で情報を得ていた者がいたにも関わらず、対応が遅れたことについて理事会として被害者の方に深くお詫びをしました。その上で、当資料館はいかなる性暴力も容認しないこと、今回の件を受け、資料館の名称変更や展示の見直しを含む対応を行っていくこと、そのために資料館を2023年10月10日以降、しばらく休館すること、当資料館の社会的責任としてこの事実を公表すること、や被害者のプライバシーを守り、二次被害の防止に努めることを表明しました。

 

その後、2023年11月19日の総会で資料館の名称の変更について議決し、12月7日から正式に名称を「長崎人権平和資料館」に変更しました。当資料館は、会員の皆さんをはじめ多くの支援者の皆さんのご協力で、2024年4月1日に再出発することになりましたが、「被害者の痛みを心に刻み、戦後補償の実現と非戦の誓いを、そして人権保障を」という基本理念のもと、社会正義や人権を重んじる社会運動の中にも根強く存在する性差別に対して、常に自覚的であり、そして改善のために発言・発信・行動していく資料館であるように変わっていきたいと考えています。

2024年4月1日

長崎人権平和資料館 理事会